小西博之のエピソード
来歴 中京大学では演劇部に所属し、4号館43番教室で稽古中にジャンプして着地した際にステージを踏み抜いたと言う逸話が残っている。尚43番教室はステージ付きの500人程収容できる大教室である。デビューは、中京大学在学中に出演した 中京テレビのローカルバラエティ番組『ジョークドキュメントBBS放送局』で、理科教育番組のパロディコーナーの先生役であった。その人気ぶりは、当地で放送された、紳士服販売「名紳」のCMでそのまたパロディが作られるほどであった。この活躍でその後、TBS系列で放送されたバラエティ番組『欽ちゃんの週刊欽曜日』のレギュラーとして抜擢され、欽ちゃんファミリーの一環として人気を博す。同番組内でレギュラーの清水由貴子と『銀座の雨の物語』をデュエットしヒットする。2004年の夏ごろから血尿が出るようになり、年末に精密検査を受診したところ、全身に転移する恐れのある腎臓癌が発見された。翌年の2月、リンパを切除するなどの大手術を行い、現在は仕事を行えるまで回復しており毎年ゲストとして参加している、東京サイクリング協会主催の「東京シティサイクリング」にも参加している。「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル」で若くして亡くなった友人の円谷浩に捧げる意味で自分の役名を日向浩に変更してもらったと言う。小西は「ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY」のナグモ役でウルトラシリーズに出演経験がある。1988年に結婚し2人の男児をもうけるも1998年に別居。2002年ごろから養育費及び慰謝料の支払いを条件として夫人側が離婚調停を申立てた。上記の手術などの関係もあり手続きが滞ったが2006年年明けに離婚が成立した。慰謝料の支払いはなかったが、養育費は継続して支払われているという。